ジャニー喜多川社長死去 後継者問題はタッキーが将来の社長候補筆頭か

とても残念な情報が入ってきました。

ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長が、7月9日午後4時47分に、

解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血のため、

都内病院で亡くなりました。

87歳でした。

つい先日、病床で快方に向かっているという情報もありましたが、

無念にも帰らぬ人となってしまいました。

ジャニー社長 病院はどこ? 驚異の回復は医療チームの実力か?死亡説はどこに?

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一代でジャニーズ帝国を築き、戦後の日本芸能界の発展に貢献

ジャニー喜多川氏は、1962年に創業し、

「フォーリーブス」や「たのきんトリオ」、

「シブがき隊」や「少年隊」、「SMAP」「嵐」ら、

次々と男性アイドルグループを世に送り出し、

「男性アイドル」というジャンルを確立しました。

文字通り、

戦後日本の芸能界の発展に大きく貢献し、

2011年には「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」など、

3つのギネス世界記録に認定されました。

社長業よりプロデュース業

ジャニー喜多川氏は、

とにかく現場が好きな方でした。

その一面は、

最近まで舞台のプロデュース業に精を出し、

87歳まで現場の第一線で指揮をとりました。

その一例が、

「ジャニーズ銀座」です。

ジャニーズJr.が中心となって上演された

シリーズ舞台「ジャニーズ銀座」は、

2010年5月の初演から10年を数え、

今年の5月には500公演に達しました。

この公演は、

1ヶ月を超える公演期間となりますが、

ジャニー喜多川社長は、

公演期間中1日も休む事なく

劇場に足を運んでいたそうです。

この時、ジャニー社長が語っていたのは、

「毎日が勉強」

という言葉だそうで、

自身が手がける舞台はすべて、稽古から本番まで、

1日も欠かさず現場に足を運びました。

その衰えぬモチベーションたるや、

凄まじいものがあったようです。

ちなみにこちらは、

稽古場に置かれていたジャニー喜多川社長専用の椅子です。

今後も、永久にこの場所に置かれ続けるのでしょうか。

「自身の集大成」の舞台、「ジャニーズ King&Prince アイランド」

ジャニー喜多川社長のすごさは、前述の行動力だけではなく、

その類稀な発想力にもあったようです。

昨年12月から今年1月には、

「ジャニーズ King&Prince アイランド」を上演しました。

こちらは、

自らの半生を舞台にしたシリーズ9作目の同作で、

「自身の集大成」的な位置付けの舞台で、

「King&Prince」を主演に据えた舞台でした。

また3月には、

ジャニーズJr.総出演の

「映画 少年たち」を、

制作総指揮として手掛けました。

こちらは、

「映画と実演」を融合させた

上映ライブを企画し実現。

これらのプロデュース業を通じて、

ジャニー喜多川社長の、

その類稀な発想力が生かされた、

大成功舞台となりました。

所属タレントの誰からも慕われるジャニー喜多川社長

このように、

現場をこよなく愛したジャニー喜多川社長は、

所属タレントの誰からも愛される存在でした。

自身が会社のマネジメントではなく、

現場のプロデュースを手がけていた点が、

余計に現場からの求心力にも繋がったのでしょうか。

ジャニー喜多川社長が病に倒れた際、

所属タレントが入れ替わり立ち替わり

お見舞いに訪れたのは、

世間で思われている以上に、

ジャニー喜多川社長が所属タレントたちから

慕われていた事の表れでしょうか。

さぞかし、ジャニーズ事務所のタレントたちも、

今回の訃報を受けて、無念の気持ちが強いと思います。

ジャニー喜多川社長のご冥福を心よりお祈りいたします。

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ジャニーズ事務所の後継者はどうなるのか?

ジャニー喜多川社長は、1931年生まれです。

ロサンゼルス生まれのジャニー社長は、

1932年に、在住していたロサンゼルスで五輪を経験。

この五輪の記憶はあったのでしょうか?

そして、

1964年の東京オリンピック開催年は、

初代「ジャニーズ」がデビューした年でした。

来年2020年開催の東京オリンピックにも

強い思いを抱いていたそうですが、

それは叶わぬ夢となってしまいました。

こちらが、

ジャニーズ事務所から出された全文コメントです。

次のジャニーズ事務所の社長は?

さて、

新社長には、ジャニー喜多川社長の姉である、

藤島メリー泰子副社長ではなく、

メリー副社長の長女である、

藤島ジュリー景子副社長が

就任する見通しのようです。

藤島ジュリー景子副社長は、

グループ企業で初のレコードレーベル

「ジャニーズ・エンタテイメント」の初代社長に就任し、

1997年に、

「KinKi Kids」のCDデビューを

仕掛けた人物として有名です。

その後、

嵐のプライベートレーベル「ジェイ・ストーム」や、

劇場「東京・新・グローブ座」など

関連各社の社長を歴任しています。

滝沢秀行氏の今後の動向にも注目!

また、

昨年末に芸能活動から引退し、裏方に転身した、

滝沢秀明氏の今後の動向にも注目です。

年明けから、「ジャニーズアイランド」の社長に就任し、

ジャニーズJr.のプロデュースや

新人発掘業に従事されています。

同社会長でもあるジャニー喜多川さんの後継者として、

ジャニーズ事務所の世代交代に尽力していました。

もともと滝沢氏は、

ジャニーズJr.時代の10代から、

ジャニー喜多川社長と行動をともにし、

ジャニー氏の指導の元、

コンサートの演出にも関わるなどしてきており、

タレント活動の一方で

ジャニーさんの右腕となってきた人物でした。

ジャニーズJr.は現在、

「HiHi Jets」「7 MEN 侍」「美 少年」など、

有望なユニットがCDデビューを目指して切磋琢磨している状況です。

これまでジャニー喜多川氏が手掛けていた分野は、

今後は滝沢氏が引き継ぎ、

全面的に采配を振るっていくことになるようです。

このように、

ジャニー喜多川氏の訃報により、

ジャニーズ事務所及びグループ全体が、

若返りを図っていかなければならない

大切な時期にさしかかってきました。

2016年には、

泥沼化したSMAP解散の問題等もあり、

事務所の運営問題が表明化した時期もありました。

今後は、

ベテランや中堅のアイドルたちが一枚岩になって

事務所を盛り上げていけるのか。

ジュリー藤島、滝沢の両氏の求心力が試される

正念場を迎える事になりそうです。

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