元SMAP ジャニーさんの家族葬に参列せず!新社長との確執による制裁か?

解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血により、7月9日に亡くなった、ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長(享年87)の葬儀が、都内で営まれました。

この葬儀は、「家族葬」としてジャニーさんとその子供たちである、ジャニーズ事務所所属のタレントと、Jr.(ジュニア)のみで執り行われた葬儀でした。

そして、本来はこの場に呼ばれてしかるべき、元SMAPで2017年9月にジャニーズ事務所を退所した3人、稲垣吾郎さん、草なぎ剛さん、香取慎吾さんは、この家族葬に参列する事なく、姿を見る事はできませんでした。

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2つの確執

そもそも、SMAPが解散した時の騒動を皆様は覚えているでしょうか?

ここには、2つの確執が確実に存在していたと言われています。

その2つとは、

・メリー喜多川副社長と元チーフマネージャーの飯島三智さんとの確執

・木村拓哉と香取慎吾との確執

です。

元は事務方!飯島三智さんのマネージャーとしての手腕

もともと、飯島三智さんは、ジャニーズ事務所の事務方だったそうです。それが、ご自身が半ば立候補するような形で、SMAPのマネージャーに就任しました。

飯島三智さんがSMAPのマネージャーに就任した頃は、ジャニーズ事務所としては低迷期に入っていました。

1990年代の頃ですね。

この頃は、1980年代にテレビ番組として、盤石の視聴率を誇っていた歌番組が、90年代に入って低迷期を迎えます。

理由は、この頃の大物バンドが挙って

「テレビ番組に出演しない戦略」

を取っていたこと。

織田哲郎さんのプロデュースによって人気を博したミュージシャンは、全くと言って良いほどテレビ番組に出ませんでした。

「ZARD」や「WANDS」、「T-BOLAN」などがそうですね。

懐かしいですねぇ〜〜〜。

この影響で、テレビ番組に出る機会がめっきり減ってしまったアイドルたちも、自分たちを売る機会を失ってしまい、アイドル暗黒の時代に突入します。

この頃、御多分に洩れずSMAPも露出機会に恵まれず、セールスも鳴かず飛ばず・・・。

この状況に業を煮やした飯島三智さんは、SAMPのマネージャーに就任するや、それまでは前例のなかったバラエティーや、ドラマ出演も主役級以外の役柄でもどんどん出演させる戦略をとります。

このように露出機会が増えたことがきっかけで、SMAPのメンバーはブレイク!

2000年代以降、ジャニーズタレントがバラエティー番組で活躍する礎は、飯島三智さんが作ってきたと言えるでしょう。

メリー喜多川副社長と飯島三智さんとの確執

元々SMAP解散事件の発端は、メリー喜多川副社長が、娘のジュリー藤島氏を社長にするために、事務所内で存在が邪魔であった飯島三智さんを追い出すことを画策した結果だったと言われています。

こちらが、ジュリー藤島氏の写真です。

元々同時期に、ジュリー藤島氏と飯島三智さんは、ジャニーズのタレントのマネージャーとして、複数のグループのマネジメントをしていましたが、その手腕には雲泥の差があったと言われています。

過去には、その手腕を評価したジャニー社長が、

「次期社長は飯島!」

と発言されたこともあるほど、ジャニー社長からの信頼も厚かった飯島三智さん。

その有能さが、メリー喜多川副社長にとっては、本当に厄介な敵と感じていたのでしょう。

その証拠に、メリー喜多川副社長は、「週刊文春」の2015年1月29日号で、

「ジュリーを社長にして、飯島をやめさせます!」
「SMAPを連れて事務所を出なさい。」

と、公然と発言されているのです。

この発言に至る流れの中で、ジャニーズ事務所内での「派閥」に関する発言があったのですが、

一時期、

「ジュリー藤島氏がマネジメントするタレントと、飯島さんがマネジメントするタレントの共演はNG」

という暗黙の了解が業界内であったのも事実です。

そして、この派閥は実は、メリー副社長が作り上げていた派閥であるとも言われています。

このように、ジャニーズ事務所にいることができなくなった飯島さんが、SMAPメンバーを連れて独立をすることを画策し、水面下で動いたのでいた。

ただこの独立の動きも、1点だけ飯島氏の力では如何ともし難い点があったのでした。

木村拓哉と香取慎吾との確執

元々、木村拓哉と香取慎吾は、仲のよい状態でした。

11歳でSMAPに選出された香取は、木村を兄のように慕っていたと言います。

一方で、年齢を重ね、お互いに一定の地位を気づくほどの売れっ子になっても、木村は香取に対して横柄な態度をとり続けたと言います。

これが心情的に、香取が木村と一緒にグループを続けられない理由のようです。

また、SMAPメンバーが母のように慕ってきた、飯島三智さんのジャニーズ事務所独立問題で、木村だけが独立に反対した事にかんしても、香取は木村を許せないと感じていたと言います。

元々木村も、ジャニーズ事務所からの独立に関して、了解していました。
それが、メリー喜多川氏が、木村拓哉の妻である工藤静香に入れ知恵をし、工藤が木村に対して、独立を思いとどまらせるように説得したそうです。

SMAP内で唯一の既婚者である木村が、妻である工藤静香の説得に応じざるを得なかったのは、メリー喜多川氏に弱みを握られたからだとも言われています。

このように、心情的な問題を香取が抱えてしまったため、香取と木村の関係は完全に崩壊してしまいました。

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家族葬に出られなかった3人

稲垣吾郎さん、草なぎ剛さん、香取慎吾さんの3人は、ジャニーズ事務所から連絡が入る事もなく、ジャニー社長の家族葬には参加する事はできませんでした。

お世話になったジャニー社長に対して、最後のお別れをしたかった事と思います。

もちろん、飯島三智さんの姿もありませんでした。

3人にとっても、ジャニー社長は、自分をスーパースターに育て上げてくれた、いわば「芸能界の命の恩人」と言っても過言ではないでしょう。

特に、小学4年生でジャニーズ事務所に入所した香取は、ジャニー社長を父親のように慕っていたと言います。

一方で、ジャニー喜多川社長も、解散を決めたSMAPの事を、心から気にかけていました。

その証拠に、ジャニー社長は、

「どこにいようとも、又どのような立場になろうとも、彼らを想う気持ちに代わりはありません」
「S(すばらしい) M(MEMORIES) A(ありがとう) P(POWER)」

というコメントをされました。

しかし、ジャニー喜多川氏亡き後のジャニーズ事務所の新社長は、ジュリー藤島氏に決定しています。

前述の通り、ジュリー藤島氏は、メリー喜多川氏の実の娘。

実質この2人がジャニーズ事務所の実権を握る事になるので、”自分が追い出した飯島元マネージャーとマネジメントしていた3人”を、あえて事務所の大切な行事に呼ぶという事は、絶対にないのでしょう。

今後、ジャニーズ事務所がどのように発展していくのか?

まだまだジャニーズ事務所からは目を話せませんね。

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