佐々木朗希 ロッテで即1軍の可能性は?ヤバい逸話の数々で2刀流に挑戦か?

本日のプロ野球ドラフト会議で、注目の大船渡高校の、最速163キロ右腕・佐々木朗希投手は、事前に1位指名を公表していた西武、ロッテ、日本ハムと、楽天の4球団が競合し、見事にロッテが交渉権を獲得しました。

スポンサーリンク


ロッテ井口監督が交渉権を獲得しガッツポーズ!

超高校級のピッチャーとして注目を浴び、どの球団が交渉権を獲得するのか注目が集まった、岩手・大船渡高校の佐々木朗希投手ですが、見事に千葉ロッテマリーンズの井口監督が交渉権を獲得する抽選くじを引き、右腕を大きく上げてガッツポーズ!

今年のペナントレースで4位に終わった千葉ロッテマリーンズですが、今年のドラフトで超目玉の投手の交渉権を獲得し、佐々木投手の入団が決定すれば、春のキャンプから大いに話題になること間違いなしです。

チームを率いて来年が3年目のシーズンになる井口監督ですが、佐々木投手という超目玉の選手を獲得できれば、チームの弾みにもなり、上昇気流を描く可能性大です。

「12球団で一番応援すごい!」

ドラフト後の記者会見で、佐々木投手が述べた千葉ロッテマリーンズに対する印象です。

元々プロ球団への入団を希望していた佐々木投手は、

「ほっとしています!」

と、井口監督が当たりくじを引いたのを制服姿で見届けると、感極まったようにも見える表情で心境を語っていました。

チームを優勝に導く!

一方で、今後の抱負を尋ねられた佐々木投手は、

「プロでは日本一のピッチャーになれるように、チームを優勝に導けるようなピッチャーになりたい。」

と、強い口調でその抑えきれない想いを語りました。

高校生最後の夏の予選大会では、岩手県決勝で登板を回避し、甲子園出場を果たせず、悔しい思いをした佐々木投手ですが、その超高校級の投球は、だれもが逸材と認める素晴らしいものです。

将来の千葉ロッテを背負って立つ、さらには日本球界のエースにさえ昇りつめられる逸材であることは間違いないです。

そのために、まずはしっかりとプロで活躍できる体づくりを行い、日本最速の速球を投げてほしいものです。

ちなみに、現在の日本最速は、2016年10月16日に、当時日本ハムの大谷翔平投手が記録した165㎞です。

すでに高校生で163㎞を記録している佐々木投手なら、十分超えられる可能性は高いでしょう。

ぜひ、日本を背負って立つ大投手に成長していただきたいものです。

正夢が現実に!

ちなみに、佐々木投手との交渉権を獲得するくじを引き当てた井口監督は、前日にある夢を見たそうです。

以下、佐々木投手との交渉権を獲得した後の井口監督のコメントです。

「良い夢を見ましたので、引けるだろうなと思っていた。ドラフトで当たりくじを引く夢だった。(当たりくじを引くまで)誰にも言えませんでしたけど」

昨年の大阪桐蔭高藤原選手を獲得し、それに続く2年連続の大当たりに、

「去年、藤原を引いてからプレッシャーをかけていた。ほっとしています」

と、こちらも安どの表情を浮かべていたようです。

それにしても、井口監督の勝負強さを、来年のシーズンに発揮していただきたいですね。

スポンサーリンク


佐々木投手の「令和の怪物」伝説とは・・・?

今年のドラフトの目玉、佐々木投手ですが、高校時代にすでに、世の中の度肝を抜くような数々のエピソードを作っていたのでした。
それはどんなエピソードかといいますと・・・

大阪桐蔭からのスカウトを断っていた!

佐々木投手は、高校進学の際の選択肢として、大阪桐蔭に進学できる状況にあったようです。
大船渡市立第一中学時代から、投手として名を馳せていた佐々木投手に対し、大阪桐蔭のスカウトが熱心に視察に訪れていた模様です。

それもそのはず!佐々木投手は中学時代に、軟式ボールで141㎞を出したそうです。
硬式ボールに比べて軽い軟式ボールは、スピードが出にくいと言われています。

そんな逸材を高校野球の名門校が見逃すわけはありません。

大阪桐蔭は熱心に、佐々木投手の入学を説得したといいます。

それでも佐々木投手は、地元の大船渡高校への進学を決めます。

後に、佐々木投手は、大船渡高校への進学理由をこのように語っているのです。

「中学から一緒にやってきた仲間と野球をしたかったから」

結果的に佐々木投手のこの選択は、佐々木投手の甲子園出場という夢から遠ざける形になってしまいました。

それでも佐々木投手は、プロ野球のドラフト会議で4球団が競合し、獲得を争うほどの投手に成長していました。

こんな佐々木投手の心の裏にあった想いは何なのでしょうか?

佐々木投手の家族愛

佐々木投手は、東日本大震災の際、最愛の父・佐々木攻太さんを亡くしているのです。
享年37歳だったといいます。

東日本大震災は、2011年3月11日に起きましたので、すでに8年半ほどの歳月が流れています。

一家は津波に襲われた陸前高田市から、現在の大船渡市に引っ越してきたそうです。

佐々木投手の、父親を亡くしたショックは計り知れません。

佐々木投手が野球に打ち込むことを一番に応援してくれていたのが、父親の攻太さんだったと思います。

そんな一家の大黒柱を失い、悲しむにくれた経験が佐々木投手を強くし、更に強い地元愛を育んだのかもしれません。

また、お兄さんが大船渡高校の野球部OBだったことも、地元の高校に進学する後押しになったと思います。

まさに怪物!高校生で163㎞!

身長190cm、体重86kgの恵まれた体格から投げ下ろす直球は、最速163㎞を記録しました。

その時の動画がコチラです。

この動画を見ただけでも、佐々木投手が「令和の怪物」と呼ばれる所以が、よくわかると思います。

「平成の怪物」と呼ばれた松坂大輔投手は、日本のプロ野球からメジャーを経て、今年までは中日ドラゴンズに所属、来年の去就はまた決まっていません。

令和の新しい時代を切り開く、プロ野球界のニュースターとして、佐々木投手はその資格が十分にあると思います。

あとは、けがをせず、プロとしてやっていける体づくりを行い、早くローテーションの柱として活躍できるように、日々努力をしていただきたいと思います。

現在、日本最速の165㎞を記録した大谷翔平投手は、メジャーリーガーとして活躍中です。

その大谷投手の165㎞を近い将来抜く存在として、存在感を放っていってほしいと思います。

とにかく、まずは千葉ロッテマリーンズからの指名、おめでとうございます。

そして、近い将来、ZOZOスタジアムに「佐々木コール」がこだまする日を、今か今かと待っております。

佐々木投手、頑張れ!!!

スポンサーリンク


シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする